出発の歌(上條恒彦と六文銭)
ヤマハのポピュラーコンテストとともに、世界音楽祭、東京音楽祭等が盛んに開催された時代に多くのミュージシャンが誕生した。中島みゆき、八神純子、ツイスト、クリスタルキング等である。六文銭の「出発の歌」もそのひとつ。上條恒彦(当時NHKの教育番組だったか朝早く農村番組に出演していた)のボーカルと、小室等のアルペジオギターで始まるイントロがよかった。このイントロは、サイモンとガーファンクルの早く家へ帰ろうやアイ・アム・ア・ロックとよく似ておりコピーした。
ヤマハのポピュラーコンテストとともに、世界音楽祭、東京音楽祭等が盛んに開催された時代に多くのミュージシャンが誕生した。中島みゆき、八神純子、ツイスト、クリスタルキング等である。六文銭の「出発の歌」もそのひとつ。上條恒彦(当時NHKの教育番組だったか朝早く農村番組に出演していた)のボーカルと、小室等のアルペジオギターで始まるイントロがよかった。このイントロは、サイモンとガーファンクルの早く家へ帰ろうやアイ・アム・ア・ロックとよく似ておりコピーした。
ヤマハのポピュラーコンテスト(ポプコン)は、1970年代から80年代にかけて若者をターゲットにした音楽文化を担う役割を果たした。実は、私も大学生の時、三つの時というバンドで、出場したことがある。しかし予選で敗退したが、大阪心斎橋のヤマハスタジオでプロ並みの録音をさせてもらったことは今でも鮮明に覚えている。ヤマハ18のギターがスタジオでの録音では、イコライザー等で処理され、すごい音に変身していた。
さて、円ひろしの夢想花は、そのコンテストで堂々1位となり世界音楽祭で1位になった曲だ。とんでとんで・・・と歌う時にバックでハモッていたのが、何と、京都で活躍されている栗崎博光さんだったとは後で知った話。
クリス・ヒルマン。1970年代のアメリカのミュージックシーンを駆け抜けた男の一人。バッファロー・スプリング・フィールド、フライング・バリット・ブラザーズ、マナサス、サウザー・ヒルマン・ヒューレー・バンド、ファイアー・ゴールド、バーズ、とにかくウエストコーストの音楽をリードした主力バンドのほとんどに参加している。彼もよく来日しているようだ。
YouTube: "Country" by Keith Jarrett
続いて、マイソングと同じアルバムに収めてあったCountyという曲も名曲だ。サックスは、Jan Garbarek。哀愁の漂わせながらもシンプルな演奏だ。
YouTube: Keith Jarrett- My Song 1978
YouTube: Keith Jarrett - Jan Garbarek - ' My Song '
私が大学時代にキーボードをやり始めたころ、ジャズピアノの曲も聞くようになった。その時、衝撃的な出会いがあった曲が、キース・ジャレットのマイソングである。
本当に美しい。繊細なサックスのメロディ。今でも感慨深いものがある。