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2007年9月 9日 (日)

京都レインボーフェスティバルin久世

今回で24回目となる「京都レインボーフェスティバルin久世2007」が私の地元久世地域の、桂川リバー公園で開催され、私も来賓として角替豊府会議員(府本部代表)とともにオープニングセレモニーに出席しました。

地域の町衆の思いを結集するゴリラ白虎山車は、このまつりの言わばシンボルです。ここ何年もの間、新川周辺の街がよりよくなっていくことを見守ってくれているようです。私も挨拶の中で「井戸の水を飲むときは、井戸を掘った人のことを忘れてはならない」という中国の諺を引用し、このまつりを最初に企画し数々の困難を克服されて今日の運動を推進されてきた先人先哲の偉業に改めて感動したことを話しました。

京都市はこの9月1日から新しい景観政策をスタートさせましたが、私はいくら街が美しくなっても、河がきれいになっても、そこの住む「人間」を視点に置いたまちづくりを忘れた政策では意味がないことを痛感しています。町衆と政策の共有化は今や「協働力」として表現されていますが、コミュニティの希薄化が益々指摘されている現在、このレインボーフェスティバルの試みは、次代の政策実現の方途を示しているように思えてなりません。今回はさらに、「東九条マダン」が初出演することになりましたが、次の時代に向けても大きな意義があるものと思います。世代を超え、老若男女を超え、民族の壁を超えて、フェスティバルに参加されている多くの市民の皆さんと交流する中で、私はふと、過日「不適格マンション問題懇談会」の講演の中で高田光雄京都大学教授が言われた「『価値の調整』の時代から『価値の共有』の時代へ」という言葉を今一度思い出しました。人権差別の解決も利害を超えて「価値の共有化」がなされてはじめて議論の緒につくものだと思った一日でした。

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