構造的暴力と積極的平和
平和学の第一人者であるヨハン・ガルトゥング博士は、戦争を「直接的暴力」と規定し、さらに他国の人を偏見や差別の目で見る事や、男女差別や所得格差等を、「構造的暴力」と指摘しています。博士は、真の平和への道のりには、直接的暴力から決別することはもちろんのこと、何よりも構造的暴力をなくしていくことが重要であるとし、積極的な平和行動の必要性を訴えています。そこにこそ、積極的平和の構築があるとしています。
今、日中問題をはじめ、朝鮮半島やアジア全体のパワーバランスが大きく変貌してきている中、日本が戦前と同じ轍を踏む傾向にあると指摘する学者も多くいるほどに、右傾化傾向に日本社会が動いています。また、日本の社会的な意思は、構造的暴力の連鎖が続いているように思うのは私だけではないと思います。その時代時代の「民意」が正しいかどうかは、歴史が証明すると言っても過言ではありませんが、短絡的な見方は、日本の将来を危うくしかねません。古来ローマでも、なぜ賢い市民が衆愚政治に堕ちったか。また十字軍も結局は、民意からの要請により遠征された歴史があります。
今議論されようとしている憲法改正論議は、戦争と平和という人類のテーマを自分のテーマとして捉えるチャンスでもあります。日本人が戦後直視してこなかったテーマであることは事実です。だからこそ歴史認識の共有化が大切です。それがあってはじめて真の憲法論議が生まれてくるのではないかと思います。急ぐ必要ないテーマであるがゆえに、急ぐ必要があるように思えてくるのは私一人でしょうか。
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