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●平成5年 9月 公明党の大道義知でございます。私は、同僚の田中議員に引き続き公明党市会議員団を代表して、福祉、衛生問題を中心に質問いたします。まだまだ不勉強ではございますが、市長並びに関係理事者におかれましては、何とぞ明快なる御答弁をお願いするものであります。 さて戦後政治に一つの区切りを付けたとも言える今日の政変は、新しい歴史の1ページを開く画期的な壮挙であったと思います。まさに日本版ベルリンの壁の崩壊であり、国民の選択によって権力の担い手が代わり、民主主義本来の機能が戦後政治史上初めて発揮され、現実のものとなったと言っても過言ではありません。国民は一体政治に何を求めているのでありましょうか。政治に携わる者は、このことをしっかりと見据え、当面する政治、政策課題を民衆のために、また生活者のためにとの判断に立ち、徹底して論議を尽くし断固執行していくこと以外に多様化した国民のニーズにはこたえられないものと考えるのであります。 市長、ここにアメリカの思想家J・F・クラークの有名な言葉があります。すなわち政治屋は次の選挙のことを考え、政治家は次の時代のことを考える。またドイツの詩人ハイネは、変革の時代には、人は民衆を自分の目で見、自分の鼻で嗅いでいかねばならぬと明言しております。説明は不要かと存じますが、京都の次の時代をどのように創生させるのか。そのためには何を基軸に置くのか。私は、市長御自身が民衆の動向と心を、民衆の中に入って触れ合う中で体得していかなければ、変革の時代を勝利することはできないと思います。その意味から、私は田邊市長に対し、是非とも市民の目線に合わせた緊張感のある政策によって健康都市京都を実現されますことを強く望みますとともに、明年に迫りました平安建都1200年の節目を機に、京都新時代のスタートを切られますことをまずもって強く要望する次第であります。 【市民の健康づくり対策について】 そこでまず最初に、健康都市づくりの根幹を成す市民の健康づくり対策について質問いたします。 現代のように社会機構や食生活が充実し飽食の時代になると、心の豊かさや人生そのものの質が深く追求され、その時代にふさわしい新たな健康観を確立することが求められています。また近年、高齢化や情報化など社会環境の変化に伴い、痴呆や寝たきり老人等のいわゆる高齢者疾患や、成人病あるいは精神的ストレス等による心身疾患等が著しく増加する傾向にある中、これに対応するために市民を対象とした健康づくりや健康診断体制の充実など地域保健医療システムの更なる充実が求められております。本市においても、市民病院の整備充実をはじめ、市民の健康相談、診断体制の整備など地域保健医療施策の充実が図られつつありますが、今後の課題は、総合的な健康増進対策の充実と健康づくりを推進するための環境整備であると考えられます。とりわけ高齢化が一層深刻な問題になるものと予測される本市においては、市民の健康づくり対策は何にも増して最重要課題であると考えます。 そこで私はその方策として、個人個人の生涯にわたる健康情報や病歴等に着目した、いわゆる生涯健康管理システムの確立が不可欠ではないかと考えるのであります。すなわち市民一人一人が自己の誕生から高齢期までの健康情報を持ち、それを医療機関における診察や療養などに適切に生かすとともに、保健及び福祉サービスなどの実施記録も収集記録し、自己の普段の健康管理に役立てるというものであります。このシステムは、通産省や厚生省がモデル事業として奨励し、幾つかの自治体で取組がなされてきているものであります。更にこうしたシステムを可能ならしめるのが近年目覚ましく発達を遂げているICカードや光カードを医療保健に応用する、いわゆるIDカードであると言われております。これが神奈川県伊勢原市におきまして実地調査いたしましたカードでございます。 このようにICカードは、約8000文字と記憶容量は少ないですが、演算機能を有することによって情報処理に適し、光カードは、技術も日進月歩で、今や名刺大のカード1枚に約400万文字が記憶可能になってまいりました。この情報量は,A4サイズの電話帳約2000ページ分にも当たり、人が生まれてから約100歳までのレントゲン画像をはじめとする医療情報が記憶可能だとされております。他都市の実態を見ても、現在では光カードが主流になり始めております。しかし注目すべきは、高齢者の健康づくり対策や乳幼児の健康施策など、それぞれの自治体が市民の健康づくりのために、その都市の特性を十分に活用した形になっているという事実であります。 こうしたIDカード方式による健康管理システムの導入は、検診結果が理解しやすく、検診報告のスピードアップ、また健康診断受診率向上など保健事業の高度化を促進いたします。また先の6月臨時市会でも議論された国民健康保険料の問題なども、高齢化がますます進展する中で、今後その財源確保が危惧されるのは必至でありますが、こうした解決策の一翼を担うのが私は市民の健康管理意識を向上させることと、市民の健康づくりを推進するための生涯健康管理システムの導入ではないかと考えるのであります。 しかしそのシステム化のためには、医療機関と行政と市民の3者が一体となって取り組まなければ達成できません。実際に実施している他の自治体でも、企画、調整、立案から事業実施に至るまで、10年近く掛かっていると伺っております。これは国、府、市の調整をはじめ、大学医学部や医師会などあらゆる医療機関や団体の協力を得なければ実現不可能であるからであります。またシステム導入に当たっては、予算面の問題もさることながら、個人情報を扱うシステムであるため、プライバシー保護など解決すべき問題が多くあるのも認識しております。 しかし現在、判断プログラムに医療知識などのノウハウが入力されていることから、各自治体はハードウエアの投資だけで普及が可能であり、またプライバシー保護については、システムの基本理念を、1.人間中心の原則であること、2.生涯一貫性の原則であること、3.人権保護の原則であること、4.情報公開の原則と倫理規定が明確化されていること、5.情報取扱上の役割分担が明確化されていること、以上の五つの原則の下に検討されれば解決できる問題ではないかとも考えます。 21世紀を展望する今、田邊市長の提案されました健康都市京都実現に向けて、私は是非とも早急にその企画、調整、立案を軸とした、例えば京都市民健康づくり構想推進協議会などをはじめ、専門研究会や審議会などを設置し、今からシステム化に向けて調査、研究することが不可欠ではないかと考えるのであります。そして全国に向けて京都が健康施策の発信基地となるよう、市民の健康づくり推進のためIDカードによる健康管理システムを確立すべきではないかと考えますが、田邊市長の導入に向けての御決意をお聞かせ願いたいと思います。
次に精神障害者の社会復帰対策について質問いたします。 薬を飲んでおり、まともな日常生活ができないなどという間違った先入観の下で、今まで救済の手が差し伸べられなかった、いわゆる精神障害者の社会復帰対策は、今最も後れている分野であります。その原因は、日本の精神医療政策が長い間精神病院経営者の意向を重視し、そのために前近代的な病院収容型から抜け出せない実態があるからであります。こうした現実は、国際機関からも再三批判されているところであり、国際法律家協会も、入院患者の30パーセントは地域の受入れ態勢が整えば直ちに退院できると政府に勧告を出しています。また国連も、社会復帰できるための支援が受けられる共同住居及び労働と憩いの場、そして支え合う仲間がいれば、障害者は医療を受けながらまちの中で普通の市民生活が送れるということを明確に指摘しております。 そうした中で、昭和63年に従来の精神衛生法を改正し、社会復帰施設の設置を盛り込んだ新しい精神保健法が施行され、本年夏にはこれに伴って精神障害者の社会復帰の在り方が見直され、入院から地域への流れづくりが推し進められております。 そこで精神障害者の社会復帰の最も起点となるのが、言うまでもなく授産施設や福祉ホームなどの更生施設であります。しかし厚生省の調査でも明らかなように、平成4年度の全国レベルでの設置状況は、援護寮が46箇所、福祉ホームが64箇所、授産施設は通所が48箇所、入所は2箇所と極めて貧弱なものであります。しかも全国47都道府県のうちには、いずれの施設も設置していない所が7府県もあり、この京都も市,府下を問わず、また公立、民間を含め、ただの一つも設置されておらず、精神障害者の社会復帰に関しては、明らかに後進自治体と言わざるを得ません。 現在、京都市内には2万人とも3万人とも言われる精神障害者がいるとされておりますが、こうした行政の社会復帰対策の貧弱を補っているのが小規模作業所と言われる共同作業所であります。しかしいずれの作業所も財政的には破綻を来しており、運営費に対する補助など公費助成なしでは運営できないのが実態であります。また作業所の工賃も、1人1箇月当たり1000円から数万円くらいまであるものの、平均月額は8000円程度と、自活し生活できる金額でないことは確かであります。 こうした状況は、行政が期待する作業所の役割が補助基準にもあるように、患者の保健指導、生活指導、作業指導、機能回復訓練などを主体としているため、実際には作業以外のカリキュラムにも時間を要し、作業設備などへの投資力がないため、必然的に内職的な低工賃の作業に限定されるところから来るものと考えられます。このように精神障害者を取り巻く就労環境は極めて厳しいものがあります。 更に職業安定所を通じて求職活動を行っても、受け入れてくれる事業所はなかなかありませんし、自治体が事業所を指定して委託し補助金を出す、いわゆる通院患者リハビリテーションを受けても、労働時間は短く、補助金の範囲内であり、自活するには全く不十分であり、まさに社会復帰への扉は閉ざされたままとの感を一層強くするのであります。しかしこうした環境下であっても、障害者の中には働く意欲と能力を持ち、生産性の高い作業に就いて自立できる収入を得ることを希望している人も数多くおられます。 こうしたことから、社会的に間違った病歴や偏見によって就労できない精神障害者の人たちの中には、やり場のない不満が渦巻いていると言っても過言ではありません。こうした実態を踏まえ、私は、授産施設の拡充をはじめ、厚生省が本年度から設置を決めた一般の企業で働くまでには至らない人たちが働く、いわゆる精神障害者福祉工場の設置は緊急課題であると考えます。一体何年度を目途に設置されるお積もりなのか、お示し願いたいと思います。
併せて精神障害者の社会復帰の受皿となる民間の作業所の設立に対しては、行政は公費助成など積極的に支援し、精神障害者の人たちが安心して働く場を確保することが何よりも緊急の責務と考えます。事実、本市において過去に二、三の実績もあると聞いております。行政にやる気さえあればできるものと考えますがいかがでありましょうか。
また精神障害者を社会全体で受け入れるためには、誤解と偏見をなくすための市民啓発活動が不可欠であると考えます。市民に対して、今後どのように意識変革を図っていかれるのかお聞かせ願いたいと思います。 また平成8年4月には、大都市特例により府から市へ事務移譲されると伺っております。まさに認可や公費助成など、実質的に本市が責任を持つことになりますが、そうした中で、第2次行動計画にも示されている授産振興センターの設立も平成7年春に迫っており、精神保健法に設置を義務付けられた京都市精神保健総合センターの建設も待たれるところであります。こうした民生局所管の事業と衛生局所管の事業の整合を今後どのように図られ、精神障害者の医療、福祉両面にわたる社会復帰対策をどのように推進し拡充されていかれるおつもりなのか、併せてお考えをお聞かせ願いたいと思います。
次に精神薄弱者の救援対策についても質問しておきたいと思います。 完全参加と平等の国際障害者年から昨年で10年をたちました。しかし平成3年9月に実施されました京都市心身障害者実態調査でも明らかになったように、障害者の多くは、社会が障害のある市民にもっと理解と関心を持って欲しいという切実な思いをいまだに根強く持っておられ、完全参加と平等の理念はまだまだ社会に浸透しているとは言えない厳しい現実が横たわっております。私たちは、こうした障害のある市民の叫びや希望を決して黙視してはなりません。現在知的障害や精神遅滞など、用語の見直しが検討されている精神薄弱児は、児童福祉センターでの判定を受けた後、各種の施設を経て養護学校を卒業し、18歳から職業訓練校や授産施設を通じ、自立、更生の道を歩むことになります。しかし、その道は決して平坦な道のりではなく、重度の障害を持つ市民においてはなおさらであります。 18歳以降、精神薄弱者となってからの自立更生の相談指導は、現在、府の精神薄弱者相談所で行われておりますが、本来、終身ケアが基本であるこの分野の中で、特に遅れているのが薄弱児から薄弱者に変わる、いわゆる18歳からの救援対策であります。現実に養護学校の高等部段階で保護者に大きくのしかかっている就業、進路、社会への適応などの切実な問題に対し、早急に施設の拡充をはじめ、適切な救援対策を講じなければならないと思います。 昨年度の養護学校卒業生の進路結果を見ても、就職できたのはわずかに44パーセントで、残りの人は何らかの施設で自立自活の訓練を要する人たちであります。しかし問題は、通所施設や共同作業所をはじめとする更生施設の不足や認可の手続、公費助成など、現実の問題として支援策が大変立ち後れているという事実であります。本来、救援対策の在り方は、本人と保護者と地域社会と行政が一体となって取り組まなければ真の解決策にはなり得ないと思います。しかし大切なことは、その底流に、障害者自身がうれしいときには喜び、悲しいときには泣けるという人間としての基本的な力を育てる環境づくりこそが行政の責務であるとの情熱が行政自身に脈打っていなければ、完全参加と平等の社会は築くことはできないと思うのであります。まさに行政の使命と責任は重大であります。今後も毎年100名以上の児童が養護学校から卒業することになりますが、こうした自立し更生すべき精神薄弱者に対し、今後どのように対応し、どのような具体的対策を講じ、救援対策の充実を図られるのか、今後の施設拡充の考えと併せてお答え願いたいと思います。 次に来週9月20日からの動物愛護週間にちなみ、動物愛護の立場から動物愛護行政の推進と、犬、猫の実験払下げ廃止の考えの2点について質問いたします。 まず第1に、動物愛護行政の推進についてお伺いいたします。昭和50年に施行されました動物保護法の趣旨は、国民の間に動物愛護の気風を高め、生命の尊重、友愛及び平和の情操をはぐくむことにあります。したがってこの法律に基づく動物行政の在り方は、動物の保護と愛護の普及啓発でなくてはなりません。現在我が国では、動物に関する法律は、狂犬病予防法と動物保護法の二つしかありません。すなわち狂犬病予防法は、犬を徹底的に管理するものであり、動物保護法は、動物を飼えなくなった場合、持ち込まれたものは行政は拒否できず、放棄書を書けば、行政はその日のうちに処分してもよいことを定めたものであります。しかし両方とも、いわば動物の管理が中心であって、保護するというものには程遠いものであります。また現在のところ処分については、1.殺処分、2.動物実験への払下げ、3.新たな飼い主を探す、いわゆる里親探しの三つに分かれております。 しかしここで重要なことは、行政の動物に対する扱いであり、処分するまでの間,いかに責任を持って事に当たっているかが問題なのであります。現在我が国では,無責任な飼い主によって捨てられた犬や猫が年間約85万頭も行政の手で処分されております。しかもその何割かは動物実験用として大学や企業などに払い下げられていると言われております。総理府などの調査結果を見ても、その85万頭のうち、犬、猫合わせて約9割の75万頭が殺処分され、残り1割に当たる9万頭が動物実験への払下げ処分となっており、いわゆる里親探しによる譲渡は、わずか1万頭にも満たないのが実態であります。 本市においても同様の割合で推移しており、毎年1万頭もの犬、猫が家庭動物相談所に引き取られ、平成3年度には567頭、平成4年度には391頭もの犬、猫が動物実験へ払い下げられ、約9000頭が殺処分されており、里親探しはわずかなものとなっております。ペットブームの中で飼う側のモラルが問われ、またペット業者自体の在り方も問われている中、一体何人の方がこうした実態を知っているのでありましょうか。 また払下げの事務処理についても、本市独自の払下願書などという所定の様式はなく、実験する研究所の自己申請によってなされており、払い下げる行政として、犬の種類や特性など記録が残されておりません。また犬、猫とも払下げ価額は全国平均でも1000円前後なのに、本市ではいまだに1頭200円であり、ここ何年もの間変わっていないのが実態であります。 本来であれば,京都市の犬又は猫譲渡実施要領なるものがあり、その要領に従って一定の基準の下で払下げが行われなければならないのは当然であります。しかし要領もなく、払い下げした書類も公文書として何ら存在しないというのは、今までいかなる理由があるにせよ、財産管理という観点からもこれは問題と言わざるを得ません。更に払下げや殺処分に至るまでの犬、猫の管理面においては、他都市と比べると比較的良好な環境にあると言えますが、猫においては、ゲージという箱ではなく、いまだに麻袋を使用しているなどの検討に値する改善すべき多くの課題があります。 私は、このような実態を踏まえ、動物愛護の立場から、本市独自の犬、猫譲渡実施要領の下で、動物の健康及び安全の保持に努められることを強く求めるものであります。その意味から、市長は、本市の動物の保護や管理についてどのように認識され、今後どのように改善されようとしているのか。また動物保護行政を今後どのように推進されるおつもりなのか、御所見をお伺いしたいと存じます。 第2に、犬、猫の実験払下げ廃止の考えについてお伺いいたします。 私は、動物実験を否定する気はありません。むしろ今日、医学や生物学の研究、医薬品開発などには欠かせないとされてきたのが動物実験であるとさえ思います。しかし世界の流れは、動物実験する際に、動物に無用の苦痛を与えないように麻酔をしたり、使用する動物の数を科学的に最小限に抑えるべき方向へと着実に向いているということを直視すべきであります。欧米の学術雑誌では、動物愛護の観点から見て不適切な動物実験をしていると認められた場合には、その論文は受理されないことが多くなっていると伺っております。 生体実験は世界中で行われておりますが、基準や条件はまちまちであり、動物の立場を守ろうとする国ほど実験室でも動物がきちんと扱われているように、より効果的な法律が作られており、ほとんどすべての国で許可、検査、罰則が法律に盛り込まれているのであります。残念なことに、我が国のみが許可制も検査も罰則もないのであります。 現在、実験用の犬、猫の払下げは、総理府の措置要領で認められておりますが、一方では、安易な実験を助長するなどという批判も多く、現在多くの自治体では見直しの動きが広がっております。これは、動物の権利擁護運動の高まりと、家庭でペットとして飼われるはずの動物を医学実験に使うことへの倫理上の疑問が指摘されたものであります。既に神戸市では、昨年の4月から払下げ廃止を実施し、東京都も3年間の経過措置を経て7年度から実施に移されることになっております。また大阪府も、本年から段階的に払下げを減らしていく方針を打ち出し、新たな譲渡先は作らず、払下げの施設にも動物実験を減らすように求めるなど内規を作っております。更に滋賀県でも本年夏に、9年度から廃止することを発表いたしました。 私は、人間が他の動物とどう付き合うかという原点が問われている現在にあって、動物の遺棄や虐待の防止を図ることが何よりも肝要であると思います。このことは、飼い主の道徳の問題もさることながら、行政も避けては通れない重要な課題であり、むしろ行政の方から動物愛護の政策を打ち出すことが今求められているのではないでしょうか。そうした意味から、事実上行われてきた犬、猫の動物実験への払下げは廃止すべきではないかと考えるのでありますが、市長の御所見をお伺いしたいと思います。
最後に、自動車運送事業における廃棄バスの有効利用について簡単にお尋ねいたします。交通事業の経営健全化を図るためのCBA計画は、京ちゃんバスやバスロケーションシステムなど60項目以上にも及ぶ事業を実施される中で、今日一定の成果をおさめられてまいりました。私も市民の1人として喜んでいる次第であります。とともに、今回予算計上されておりました梅小路公園のチンチン電車動態保存整備など今後も市民に親しまれるバス事業推進のため、CBA計画の見直しとともに、施策の更なる充実を期待するものであります。 そこで私は、その一環として以前から交通水道委員会等においても、毎年廃棄処分されてきた市バスをリサイクル運動の促進のため有効利用すべきである、また是非とも発展途上国やアジアの諸国に寄贈し、本市としての国際貢献の姿を示すべきであると、新時代における交通事業の在り方を強く主張してまいりました。実現の見通しについて交通管理者から御答弁いただきたいと思います。 以上、市長並びに関係理事者の誠意ある答弁を期待いたしまして、私の質問を終わります。御清聴誠にありがとうございました。(拍手) |
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