人気者だった青春時代 いま、公明党がおもしろい。そんな評判がある。そこで、前回の日置氏に続いて、公明党京都府本部幹事長代理、京都市会代表幹事、大道義知(だいどうよしとも)議員を訪問した。 予算市会を前にして、多忙な日程を割いて頂いてのインタビューとなった。午前3時という約束で、部屋を訪ねると大道議員はすでに着席していた。「どうも、どうも」と恐縮してあいさつすると、堂々たる巨体に笑顔をたたえて「どうぞー」という。眼鏡の奥の目がとてもやさしい。 大道義知。昭和30年、京都府綾部市に4人姉弟の末っ子として生まれる。綾部小学校、同中学校、綾部高校と進み。大学は近畿大学理学部数学物理学科に学んだ。 「議員さんで、理科系もめずらしいが、数学科とは。ノーベル賞でも狙っていたんですか」というと、いやいやと大きな手を左右に振りながら「数学は好きだったんですが、大学に入ると、誘惑が多くて、・・・・・いろんなことをやりましたよ」。 大道は、中学、高校とスポーツマンで、剣道は3段の腕前。綾部高校では、京都大会7回連続優勝のキャプテンを務めている。音楽にも非凡(ひぼん)な面をみせ、軽音楽やフォークソングでみずからバンドを結成、大いに活躍した。大学に入ると、多種多芸で人気者、学生仲間が放っておくわけがない。ひっぱりダコで、大忙し、とてもノーベル賞とはいかなかったらしい。 「京都市会には、近畿大学卒業生は、富先生(自民)と僕(大道)の2人居るんですが、富先生は「政治ボケ」で8年。私は「遊びボケ」で7年かかって卒業したんですよ」と笑う。 大学卒業後、25歳で京都室町の和装小物メーカーに就職。10年間、伝統産業の中で流通、販売と京都商人の仕来たりを学んだ。そして、平成3年35歳で京都市会南区から初出馬。当選した。その後、平成7年、平成11年、平成15年と4期連続当選。世代交代が進む公明党京都府本部にあって、党では府本部幹事長代理。京都市会では日置議員団長を支えて代表幹事として活躍。公明党京都市会のリーダー的存在となっている。 ----------------- 「ゆびきり政治」のスタート 政治のモットーは、約束、誠実、実行の「ゆびきり政治」。いわゆる「ゆびきりげんまん」のゆびきりである。商人に世界ではウソは通用しない。政治の世界でも同じ。約束したことは実行する。大道型マニフェストである。 スローガン(行動指針)は、「FAN」(ファン)。Fはフットワーク。現場主義で地域の要求をくみあげていく。Aはアカデミックワーク。行政、政策の勉強をしっかりと重ね、能力をアップする。Nはネットワーク。幅広い人とのネットワーク。人脈を広げ、情報と連帯の輪を広げていく。大道自身もホームページ「ゆびきりネットワーク」をひらいている。ゆびきり政治は、大道が当選して15年。すっかり市民におなじみになっている。 「印象に残った仕事にどんなことがありますか」とたずねると、大道は3つの成果をあげた。 @選挙区のおばあちゃんが、体が不自由になり、家に手すりをつけてほしいと訴えてきた。ところが介護保険制度では、それができない。大道は政策を立案し、京都市と協力して、介護保険リフォーム立て替え制度をつくりあげた。苦労が実り。おばあちゃんに笑顔がもどった。「行政には目のとどかない欠点がある。それを少しでも市民の視点に立って直していく、これが政治の基本ですよね。」 A京都市会改革小委員会のメンバーとして「議員の厚遇問題」に挑戦。議員の海外視察の見直し、市バス、地下鉄の無料パスの廃止(OBも含む)政務調査費の公開と、領収書の添付。費用弁償の再検討。特別表彰制度の改革を実行、(第1次改革)18年から、19年にかけて第2次改革に取りくむことになっている。同改革小委員会として、市会の機能を高め、市民の要求に応じられる強い権限をもった市会にするという。当面の課題は、常任委員会の機能強化。インターネットなどによる情報の公開など20項目があげられている。 ----------------- 議員定数削減を実行 B平成15年、市会議員選挙を前に大道は議員定数問題のメンバーとして72人定数を1割4減を行ない。3人減の69人とした。「常に市民の視線に立つこと。議員各々がみずからの手で削減したのです。」 これからの京都市政は、財政難と少子高齢化という難題を抱えて、思いきった市政改革が必要だと訴える。その基本的な考え方は、自助、共助、公助の精神だという。これは市民の覚悟なんですが、まず自分でやる、できない場合はみんなが助け合ってやる。それでもできないときは役所も協力して公助でやる。 役所の方は、こうした市民の覚悟を前にして税金のムダ使いを徹底的に直していく。役所をスリムにして、民間でできることは、民間に移していく。少ない税金が本当に効果的につかわれているのか、その検証が必要なので、行政評価を正しく行なう制度をつくるべきであるという。大道議員は、市会に行政評価条例制定の提案を行なっている。 ----------------- 2007年新時代の幕ひらく −京都市のビジョンについてお話ししていただけませんか。とくに団魂の世代の大量リタイヤで、社会の常識が変わるといわれていますが。 大道 よく京都の未来図というと、文化、芸術、伝統と歴史的資産。これが中心で論じられていますね。これも大切な面ですが、住んでいる人のことはどうなんだと思いますよ。私は京都づくりの基本は、歴史、自然そして仲間(人)の3つだとおもいますよ。いまいわれたように、2007年から始まる団魂の世代の動向によって、社会の主役は高齢者。京都はその先駆的役割を果たすことになります。そうなれば、京都は高齢化都市(新時代)の世界的モデルになる。とにかくこれからの10年、大きく価値観が変わるんですよ。行政、政治、家族、消費、もちろん日々の生活もです。その中で、人々はさまざまなネットワークを通じ、仲間として行動する。その時、京都は歴史(伝統)自然(環境)仲間(人)の特性を生かし、3つの資産にどう磨きをかけるかが、カギになると思います。長寿高齢化社会はマイナスイメージとして捉えるのではなく、経験豊かな人々がイキイキと暮らせる都市づくりを考えることです。 ----------------- 公明党の中道とは −公明党は自公連立でも、うまくやっているし、京都市でも、桝本市長とも呼吸を合わせて成果をあげている、その秘訣はどこにあるんですか。 大道 うまくやっているなんていわないで下さいよ、一生懸命やっているんです。唯一つ。報道関係の人が公明党は左と右の真ん中にあるから「中道」という。あれは違うんです。私達はイデオロギー政党じゃなく、人間中心の「中」なんです。いいかえれば人の生活を政治の中で、どう考えていくかを問いつづけているのです。 たとえば、昔は自民党など保守政党では、環境、福祉などの問題は大きな位置を占めていなかった。それを政治の表舞台にと取り出したのは公明党です。小泉内閣でも、公明党は坂口大臣、北側大臣と10数人の大臣の中でたった1人だけなんです。ところが、坂口さんも北側さんもニュースの中心になって報道される。介護や福祉。さらには災害、台風と生活者のテーマが中心になっているからです。私達は公明党が連立を組むという場合、約束は誠実に守る。たとえ少数でも主張することは、しっかりと主張する。これをモットーにしています。京都市政の中でも、是非はハッキリといい。信義は守っていくことを基本にしています。 ----------------- 感銘を受けた「第3の波の政治」 −読書と音楽が大好きと聞きますが、とくに感銘を受けた本はなんですか。趣味として音楽についても教えて下さい。 大道 私が政治家になって、読んだ本としては「第3の波の政治」アルビン・トフラー著ですね。これからの時代として、1980年代、ホワイトハウスで講演したものを、まとめあげたもので、いまは絶版になっています。 この中でトフラーは、情報化社会の中で政治は間接民主主義から半直接民主主義に変わっていくだろうといっています。情報があらゆる手段で広がっていくと、政治のプロとしての政治家も一般人である国民、市民も情報の入手条件は変わらない。そうなると、政治家はしっかりとした時代感覚と先見性を持たないかぎり、きびしい有権者の視線には勝てなくなる。さきの小泉劇場など、是非は別にして、代議制度をのりこえた国民投票となって選挙が行なわれたのは、その実証ではないか。20年前の著書ですが、その炯眼(けいがん)には頭がさがる思いです。 ----------------- 多種多芸は大道の宝 趣味としての音楽ですが、私はピアノ、ギター、マンドリン、なんでもやるんです。仕事が一息ついたとき、音楽をつくるんです。作曲や編成や、時間がたつのを忘れます。とっても貴重な休憩時間です。 約1時間半にわたるインタビューだったが次々と飛び出す、新しい感覚と言葉の豊富さにおどろいた。 「いろんなことを知っているんですね」というと「大道(だいどう)芸ですよ」と笑う。剣道、音楽、料理、そして数学。大学時代から室町での会社員、そして市会議員、幅広い人脈はこの人の財産となっている。代表幹事としてラツ腕を振えるのも、そのおかげだろう。 住所は南区久世殿城町。 家庭には愛妻の多家美(タケミ)さんと多家美さんの母親と3人ぐらし、京都市内に大道さんの姉夫婦も居て、2家族そろって小旅行するという。 88キロのがっちりと身体。アロエ健康法で目下減量中とか。頼りになる男である。 |
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